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韓菜和牛コリアハウスBLOG

【韓菜和牛コリアハウスBLOG】
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朗報の一方で寒心に堪えないことも

焼肉業界にとっては思い出したくもない忌まわしいアルファベット三文字があります。

BSEです。異常プリオンとよばれる病原体が牛の脳に蓄積され、脳の組織がスポンジ状になって走行困難となって死に至る病気で、感染牛の「肉骨粉」を飼料として与えたことで発症が広がりました。

数多の焼肉屋さんを転廃業に追い込んだこの“狂牛病騒動”も、肉骨粉の飼料への配合禁止と、異常プリオンがたまりやすい特定危険部位の除去を行うことで発症防止につなげてきました。

こうしたBSE対策が奏効し、ピーク時の1992年には世界で約3万8千頭の発症が確認されましたが、2011年には29頭、12年には12頭にまで激減させることが出来ました。

日本では2009年度以降の発症例はありませんが、今でも月齢20カ月超の牛の全頭検査体制を続けています。

米国産牛肉は2003年12月に輸入禁止となり、その後05年12月には輸入が再開されたものの、病原菌がたまりにくい月齢20カ月以下の牛肉に制限されました。

ところが今回、世界で発症例がほとんど見られなくなったことで、日本でも牛肉の輸入規制緩和を決定、2月から現行の月齢「20カ月以下」から「30か月以下」に拡大されることになりました。

月齢20カ月というと、これから成熟していく未熟な年齢。その頃から肉の厚みが増しサシ(霜降り)がまわり、淡白な味から芳醇な味へと成長していく過程です。

このことから、輸入禁止措置がとられなかったオーストリア産の3分の1程度にとどまっていたアメリカ産牛肉の流通が、2月中旬頃から急激に広がるのではないかと思っています。

弊店は和牛専門店であるため「この規制緩和と無縁では?」と疑念を持たれる向きもいらっしゃるかもしれませんが、影響はあると考えています。

まず、さきの輸入制限措置によって、当時の国産内臓肉の価格相場が急騰しました。

特に外国産と比較して、味に格段の差があるタンやハラミには「値段はいくらでもええから調達してくれ」と需要が殺到し、信じられないスピードで価格が高騰、それでも手に入らない日が何カ月も続きました。

今は需給が緩和し、幾分かは入手しやすくなりましたが、高級和牛肉以上の高値で安定したままです。

さらに追い打ちをかけたのが、全国の食肉処理場で実施されているBSEの全頭検査。この検査費用が処理場へ牛を搬入した畜産農家に転嫁され、内臓肉の相場が一気に上昇しました。

かつて庶民の味だった安いホルモンも、こうした状況を背景に、現在では精肉と変わらない、或いはそれ以上の仕入れ価格へと変貌してしまいました。

今回の規制緩和によって、高騰したホルモンの相場が下落してくれれば欣快にたえませんが、一筋縄でいかないのが食肉業界の複雑なところ。

この朗報の一方で、長年抱いている危惧があります。

それは畜産農家の後継ぎ問題。過酷な労働条件の割には収入が見合わないうえ不安定な畜産業では、若い労働者が不足しています。さらに、福島県で起こった放射能の汚染牛問題や、宮崎県での口蹄疫感染牛の殺処分がそれに輪をかけました。

「世界中で最もおいしい食材は和牛肉である」と信じて疑わない私でも、畜産農家の後継者問題を考えると寒心に堪えません。

この業界に明るい展望が開き、若い労働力が参入し、国産和牛のおいしさを世界中に発信し伝播されんことを心から渇望しています。


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[ 2013/01/30 16:46 ] 雑記 | TB(0) | CM(0)

端境期に混迷の隘路に!

人の一生は悩みの連続だけれど、近頃は混迷の隘路に入り込んでしまったようです。

その素因は商品の絞り込みか、多様化かの選択です。

長引く不況の中、何とかこの泥沼から脱出しようと矢継ぎ早の対策を講じるのは当然のこと。

毎月末に行っている一ヶ月間の商品分析のなかで、著しくオーダー数量の減少している商品を割愛し、人気商品に的を絞ってメニューの簡素化を進めるべきか、或いは新たな当店独自の新商品を開拓し、他店との差別化を推進すべきかという選択です。

前者は献立表が見易くなり、商品サイクルが早くなるメリットがある半面、出数は少ないけれどその商品を食するのを愉しみにご贔屓いただいているお客様のご期待に背くことになり、長考を重ねてきたけれど実施には至っていません。

弊店では、後者の方向に舵を切った戦略に傾いています。

未だに解決していない「ユッケ・生レバの販売解禁」に業を煮やし、考案・導入したのが桜ユッケ、ハラミユッケ、トロタンユッケ、ハラミ刺し、ツラ刺し、ココロ刺しなどのおつくり郡。

焼肉に関しては、上カルビとバラを一体化させた「カルバラ」や「薄切り霜降り肉の刻みわさび添え」「厚切りキモ」「和牛ごちゃ混ぜ二人盛り」などの定番の他、カイノミ・マルシン・ヒウチ・ミスジなどの希少部位を組み合わせた「食べ比べ」セットや超やわらかい肉を寄せ集めた「厚切り三種盛り」なども時々提供しています。

また、サイドメニューについては①牛すじ味噌ラーメン②牛すじ塩ラーメン③刻みわさびとチャンジャの石焼きピビンバ④チーズ石焼きピビンバ⑤カレー石焼きピビンバ⑥石焼きチャンジャ茶漬け⑦和風わさび温面⑧とろろ梅茶漬けーなどが新規参入・復活し、固定ファンまで定着してしまった様相。

問題はガス台が6台しかない状態で、既存の献立と新商品がいっときにオーダーが入った時に、果たしてさばき切れるのかどうか? 私が引退しアルバイトが辞めた時に対処できるのかという課題です。

進化し続ける焼肉業界では新商品の開発は天からの命題のようなもの。

過去15年間を顧みて、消費者物価が8%下落したものの、給与収入がその約2倍の15%も落ち込んだ厳しい経済環境の下、端境期に入ったわたくしは大いに悩んでおります。

[ 2013/01/23 16:03 ] 雑記 | TB(0) | CM(0)

つらい体験もいつかは奇貨に・・・

17歳といえば人生の中で最も輝いていた時代。

顧問からの体罰や精神的迫害に耐えかねて自らの尊い命を絶った大阪市立桜宮高校のバスケットボール部主将だった男子生徒の年齢です。胸が張り裂ける様な悲愴な出来事です。

私も大学時代は空手道部に所属し、師範や監督、OB、先輩からの厳しい熱血指導を受けてきました。

一回生からの入部者が約30人、2,3回生からの入部希望者が各1人だった新入部員のうち、落伍せずに最後まで残ったのは、途中入部の2人と自分たち4人の計6人だけだったから、いかに過酷な練習だったか推察いただけるかと思います。

それでも4年間のうち体罰を体験したのは、入部間もないころに「挨拶の声が小さい」との理由で、技術指導に来ていたあるOBから練習後に校庭へ呼び出され拳で左顎を1発殴られた、その1回だけ。

たいして痛くもなかったけれど、これが原因で3日後に突然、顔面神経麻痺を発症し、受診したドクター以外には誰にも内緒で1ヶ月間の通院生活を余儀なくされた情けない“逸話”を隠し持っています。

それに比べ桜宮高校の顧問が、1回の平手打ちのとどまらず、唇が裂け頬がはれ上がるほど殴り続けたのは、指導や教育といった範疇ではなくリンチではないかと疑ってしまいます。

部活のうち最も辛かったのは年に2回あった合宿訓練。

特に心に残っているのは広島県福山市の古刹で行った初めての合宿。

部員全員を2チームに分け、数百段の石段を競争して登らせ「負けたチームには再度駈け上がらせる」という鍛練
でした。

目的地点に着いた途端、反吐を吐いてしまった自分たちのチームは幸いにも勝利したが、敗者への制裁は実際には課せられず手抜きを封じるための方便であったことを後から知りました。

「2回も続けてやらされたら死んでしまうわ」と内心怯えていたけど、あの時の先輩たちの知恵と戦略には完全に舌を巻いてしまいました。

次に印象深いのは東大阪市・平岡の青少年会館での合宿。

道場けん寝床となる会館の天井に数匹のムカデが這いまわっているのには閉口したが、こんなのはまだ序の口。

2日目は会館~平岡神社~額田山展望台~ぬかた園地~生駒山頂までの心臓破りのマラソン。山頂に到着してぶっ倒れるように寝転がったことは覚えているけれど、どのようにして下山したのかは記憶が空白になっています。

強化合宿の思い出は際限なくあります。

合宿期間中、喫煙はご法度だが、高知県での合宿では奇知に長けた同期生の一人が1本のタバコを隠し持ち、裏山に逐電して4人の仲間と廻し吸いしたこともありました。

貝塚市の二色浜の合宿では裸足で灼熱の砂浜を走らされ、殆どの仲間が足の裏を火傷しお互いに軟膏を塗りあったこともありました。

辛酸を嘗めるようなクラブ活動ではあったけれど、今は懐かしい思い出となっています。

食べ物商売も人材不足の時、数時間の睡眠と手足や指の痛みを堪えて頑張らなくてはいけない場合があります。

脚に激痛が走り3階の寝室まで腕だけで這いあがったときも、指が曲がらなくなって包丁を右手にタオルを巻きつけて肉を切ったりしていた時期もありましたが、そんな時にいつも思い出していたのが「合宿で味わった塗炭の苦しみ」。

「あの時の辛さに比べればなんてことないよ」という思いが、壊れそうになった私の心を支えてくれました。

絶望と辛苦に喘いでいる若者たちに伝えたい。この難関を勇気と知恵と努力で乗り切ってほしい。その暁にはきっと不屈の闘志と豪胆な根性が所産されているだろうから。
[ 2013/01/17 03:03 ] 雑記 | TB(0) | CM(0)

遊びも大事かも?

年が明けてもう1週間以上が経ちました。愉しいお正月をお迎えのこととお慶び申し上げます。

韓菜和牛では2日から開店,元旦も含めて12月中旬からほぼ休みなく働いてきたので、今日9日は久し振りの休暇を味わっています。

とはいえ、お昼のランチと喫茶店でコーヒータイムを過ごした後はすぐに帰宅し、12月の帳簿の仕分けをして、平成24年度の決算を、失意の中でため息をつきながらまとめ終えると、時刻は早や22時前。

今年もお得意様に出した年賀状のうち、すでに16通が「宛所に尋ね当たりません」の朱印を押して返送されてきました。「会者定離」とはいえ、長年ご贔屓にしていただいたお客様の転居の一報は万感に迫る思いです。転居先でのご活躍とお幸せをお祈りいたします。

「練習と同じくらい遊びは大切。遊びがなければ発想が生まれない」。世間の耳目を集めている天才少年ピアニスト、奥田弦(11)君の才能を開花させたお母さんの箴言です。

振り返ってみれば、旧1年間は好きなゴルフ、旅行、映画鑑賞、スーパー銭湯、麻雀、野球場での応援、カラオケなど、その殆どを実行していないか数回しか楽しんでいなかったのが実情。

そういえばよく遊んでもいた若い時代は、次々と斬新なアイディアが発生していたような気がします。

ところが今では、若いスタッフが考案した焼肉メニューや提供方法、それにサイドメニューに対し「あなたなら絶対に思いつかないよね!」と女房から揶揄される始末。

加齢のせいか遊びを忘れたせいか?そうだ、遊ばないせいにしよう。そういうわけで、わたくしの新年の抱負は
「よく遊び、よく遊ぶ」に決定いたしました。よろしくお付き合いのほどお願い申し上げます。
[ 2013/01/09 22:55 ] 雑記 | TB(0) | CM(0)

新年おめでとうございます

明けましておめでとうございます。

恙無く新春をお迎えのこととお慶び申し上げます。

昨年12月中旬以降は休暇もなく、連日、午前中から夜遅くまで「蟻さん」のように動き回っていたのでブログを更新できず、焦燥感に包まれていましたが、たった今やっと年賀状の整理を終え、久々にページを開くことが出来ました。

長談義のような拙いブログでも、ご愛読いただいている皆様には「何やってるんや?」とご心配をおかけしたかもしれませんが、決して逐電した訳ではありませんのでご安心ください。

韓菜和牛では、昼過ぎから法事を務め、その後、家族全員で枚方市の霊園へ墓参するのが元旦の恒例。

帰宅するのが夕方で、それから溜まりまくった伝票整理や、戴いたお年賀を拝読したり「転居先不明」で返送されてきたお得意様の確認などの作業を終えるともう深夜。結構忙しい年の始まりなんです。

そうのこうのしているうちに、もう日付は2日。たまの休みが光のように通り過ぎていきました。

当店では、いつものように本日2日(水)16時から営業いたします。スタッフ一同、皆様のご来店を心よりお待ち申し上げております。

なお、15日(火)~17日(木)は休業の予定をしておりますので、ご了承を賜りますようお願いいたします。

新年のお慶びの心を申し添えまして、この1年も「人生が愉しくなるような善いことがいっぱいありますよう」お祈り申し上げます。



[ 2013/01/02 01:03 ] 雑記 | TB(0) | CM(0)
プロフィール

ひがし(チェ・従業員)

Author:ひがし(チェ・従業員)
   
関西焼肉の女王、
いかりんさん始め、
多くの方々のサポートにより、
関西テレビ「ほんじゃに!」
「よーいドン!」
「モモコのOH!ソレみーよ!」

雑誌「焼肉ニクいっす!」

「特上 関西肉本」、
「KANSAI WALKER」等々、

数々のメディアに
ご紹介頂けるまでになりました。

創業40年、
全ての商品を国産&和牛に
こだわり続け、
地元千林でひっそりと
こつこつやってます。

皆様、ぜひ来ておくんなれー

大阪市旭区大宮3丁目18の18
06・6953・9715
06・6955・1801

定休日:水曜日(祝祭日は営業!翌日の木曜日に代休)

韓菜和牛オフィシャルホームページ

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